僕らの自習室

地方在住サラリーマンの学びと思考の記録

「なんでそんなに節約に命かけてんの?」と言われて気づいたこと

 

 

「なんでそんなに節約に命かけてんの?」

 

久しぶりに会った大学時代の友人にそんなことを言われた。

 

 

 

僕が社会人になって家賃を抑えるために会社の寮に住んでいること、固定費を下げるために格安シムに乗り換えた話などをした時に言われた言葉だ。

 

その言葉を聞いたとき、頭の中が一瞬「?」で埋め尽くされた。

 

 

「節約に命かけてる??どこが???」

 

 

僕は35歳までの早期退職を目指していて(ちなみにその友人を含めて早期退職の願望は誰にも話していない)、人よりも出費には敏感な自覚はある。

 

でも、いまどき格安シムに乗り換えるなんて珍しい話ではないし、給料の低い若手社員が会社の寮で暮らすなんて珍しくもなんともないはず。

 

「命をかけてる」なんて表現はさすがに言い過ぎだと感じたのだ。

 

 

 

どうやら彼は、せっかく社会人になってお金を稼いでるのに使わないと損じゃないのか?ということが言いたかったらしい。

 

「いつ死ぬかわからないのに、なんでそんなに節約のことばかり考えているの?」

 

「広くてきれいな家に住んだり、美味しいもの食べに行った方がよくない?」

 

「そんなに出費に敏感になるの、逆にストレスでしょ」

 

そんなことを彼は言っていた。

 

 

 

たぶん、これが普通の人の感覚なのだと思う。

 

ほとんどの人は「どこの格安シムがお得か?」とかわざわざ比較しないし、その比較のために自分が毎月何GB必要なのかなんてことも調べない。

 

「めんどくさい」からだ。

 

何も考えずに、ストレスなく過ごしたい。

 

考えたくないから、「大手なら安心」と信じて毎月1万円以上を大手キャリアに払い続ける。

 

それが普通のことだと信じて疑問にも思わない。

 

住む場所についても、「家賃は収入の3割まで」なんて言葉があるように、多くの人は収入のレベルに合わせて住む場所を「より良い」レベルに上げていく。

 

「せっかく稼いでいるんだから、住むところくらいお金をかけないと」と考えて家賃は限界まで上げるし、ローンが組めるようになれば当たり前のように家を買う。

 

そういう価値観の方が「普通」なのだ。

 

お金は使わなければ意味がない。

 

働いてお金を稼いで、収入を上げて、それに合わせて生活のレベルを上げていく。

 

 

 

そう。

 

多くの人にとってお金とは何かを手に入れるための「チケット」であり、「働く」というのはそのチケットを手に入れ続けるために欠かせないことなのだ。

 

このことに気が付いたとき、僕はハッとした。

 

僕は毎日のようにミニマリズムや早期退職に関わる発言をTwitterで目にしていて、

 

「より少ないお金でより豊かに」

 

とか、

 

「固定費を下げて(株や投資信託への)入金力をアップし、経済的自由を達成する」

 

と考えるのが当たり前だと思っていた。

 

でもそんな考えはまだまだマイノリティで、ほとんどの人にとって毎月の収入と同じくらい出費をするのは普通のことだ。

 

だからこそ、老後までの40年以上の時間で2000万円すら貯められない人がほとんどだし、定年が70歳まで延長される見通しに絶望する人がほとんどなのだ。

 

 

 

分かっているつもりではいたが、「早期退職」なんてほとんどの人は考えもしないことで、自分が歩んでいる道はほとんどの人が選ばない道なのだ。

 

人生は確かに、いつ終わるか分からない。

 

明日死んでいる可能性だってあるし、まして10年後に生きている保障なんてない。

 

そんな先の未来のために「今」の消費を我慢して節約に励むなんて、普通の人には考えられない事だ。

 

格安シムを使ったり会社の寮に住むだけでも、「節約に命をかけてる」レベルに思えるくらいには。

 

 

 

それでも、やっぱり僕は早期退職の道を進もうと思う。

 

確かに10年後や20年後に生きている保障なんてないけど、統計的にはこれから50年や60年生きる確率の方がはるかに高い。

 

その人生の大半を生活のための労働に使うことなく、自由に暮らせる時間を最大化したい。

 

広い家に住まなくていい。

 

高級車も高級時計もいらない。

 

贅沢を最大化するのではなく、自分の人生の選択権を最大化したいのだ。

 

 

 

とはいえ、早期退職までの10数年のクオリティを極端に下げることはしない。

 

少ないお金で、最大限の豊かさを実現する。

 

そのために無駄なコストは可能な限りカットして、本当に欲しいものに最大限のお金とエネルギーを注げばいい。

 

その途中で思ったより早く死んでしまったとしても、僕は後悔しないはずだ。

 

数百万、数千万のお金を残して死ぬことは、「ケチケチしてもったいなかった人生」の遺物なんかじゃない。

 

「大金で消費しなくても幸せだった人生」の証だと思う。

 

 

 

この友人との会話は、早期退職や人生について改めて考えるいいきっかけになったと思う。

 

まだまだ他の人には理解されがたい道だと思うけど、僕は僕が望む人生に向けて一歩ずつ進んでいこう。

 

その途中で僕の価値観や幸福の形が変わったとしても、築いてきた資産は新しい夢や幸せに向かって進む後押しになるはずだから。