僕らの自習室

地方在住サラリーマンの学びと思考の記録

「仕事がつまらない・やりがいがない」と悩むのが間違っている理由

 

 

会社員になってみて、やっぱりつまらなかった

仕事が楽しくない、つまらない、やりがいがない。

 

サラリーマンなら誰もが一度はそう感じたことがあるのではないだろうか。

 

学生時代、僕とサラリーマンの接点は電車の中で死にそうな顔で通勤する姿を見るか、ツイッターで会社や仕事の愚痴をつぶやくのを見るだけだった。

 

一体仕事というものはどれだけつまらないものなんだろうかと、彼らの姿を見るたびにまだ見ぬ「会社」という存在に思いを馳せたものだった。

 

 

そして今、研修期間中とはいえ、僕は会社員という身分になった。

 

入社してからまだ一ヶ月くらいしか経ってないし、仕事と言うよりも勉強しているといった方がいい。

 

でも、そんな今の状況でさえ思う。

 

仕事って、やっぱりつまんないんだな、って。

 

何だろう、なんといえばいいのか。

とにかく、毎日がワクワクしない。

 

学生時代も学校に行くのに気が乗らないことは多々あった。

 

それでも友達と会えば楽しかったし、つまらない授業にも知的好奇心をくすぐられる瞬間はあって、毎日が楽しかった。

 

でも、今は全然違う。

 

研修で勉強していることは会社の外ではクソほども役にも立たないことばかりだし、何より時間=人生を切り売りしている感が半端ない。

 

毎月の給料のために今ここにいるのだというのを常に感じている。

 

今、目の前に2億円くらいポンと出されて「このお金で好きに生きな!」と言われたら0.5秒で会社を辞める自信がある。

 

本当に、本当につまらなくて、これがあと40年も続くのだとしたら、あるいはそう思うだけで、絶望を感じる。

 

あのサラリーマンたちの暗い表情の理由を、僕は今はっきりと理解している。

 

 

「仕事がつまらない」のは当たり前

森博嗣という作家がいる。

 

彼の著書に、

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』

 

という、夢も希望もないタイトルの本がある。

 

 

大学教授として働きながら副業として作家業を始め、大ヒット小説を書いて早期リタイアを実現した彼が「仕事」について語った本だ。

 

そこに書いてある内容はタイトル通りに夢も希望もなく、でも働くということの本質をついていた。

 

 

彼は読者に、

 

「なぜ仕事には給料が発生するのか?」

 

と問いかける。

 

意識の高い経営者なら、

 

「世の中からのありがとうの分だけお金がもらえる」

 

なんてことを言うだろう。

 

しかし、森博嗣の答えは違う。

 

なぜ仕事には給料が発生するのか。

 

その答えは、

 

「お金をもらえなければ誰もやりたがらないから」

 

というものだ。

 

 

ハッとさせられた。

 

なぜ僕はこんな当たり前のことを忘れていたのだろうか。

 

モノの値段が需要と供給で決まるように、仕事に対する給料も

 

「どれくらいの給料ならこの仕事をやる人がいるか」

 

というシーソーで決まっているのだ。

 

 

仕事がつまらないのは当たり前。

 

つまらなくて、体力的・精神的に疲れることだからこそ仕事には給料が発生するのだ。

 

このことにいつまでも気づけなければ、「仕事がつまらない」「やりがいがない」と嘆き、

 

「もっとやりがいのある仕事がしたい」

 

「もっと楽しい仕事がしたい」

 

と言いながら転職を重ねることになる。

 

 

僕たちはなぜ仕事に幻想を抱くのか

「仕事に給料が発生するのは、そうでなければ誰もやらないから」

 

という当たり前のことを、なぜ僕たちは忘れてしまうのだろうか?

 

なぜ僕たちは仕事に幻想を抱いてしまうのだろうか?

 

一つの要因として、日本の就職システムがメンバーシップ型雇用であるがゆえに、採用する側もされる側もふわふわとした動機で互いを選んでしまうことが挙げられる。

 

 

雇用形態は2種類に分けられ、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用がある。

 

ジョブ型雇用とは仕事に合わせて適切な人材を採用する雇用形態で、アメリカの雇用がこれだ。

 

会社はある特定のスキルをもつ労働者を求め、労働者は自分が持つスキルに給料を出してくれる会社で働く。

 

一方でメンバーシップ型雇用はまず労働者を雇用し、必要な職能を必要な時に身に着けさせ、多様な業務を担わせる。

 

いわばジョブ型雇用がスペシャリストを採用するのに対し、メンバーシップ型雇用ではゼネラリストを会社の負担で育成するということだ。

 

 

言うまでもなく、日本の雇用形態はメンバーシップ型雇用だ。

 

特に何ができるわけでもない、アルバイトくらいしか就労経験がない学生を大量に採用し、自社で求める人材に育て上げていく。

 

 

ではなぜメンバーシップ型雇用が日本で広まったのか、その理由は高度経済成長期にさかのぼる。

 

当時は次から次へと様々な仕事が舞い込むめ、特定の技能を持つスペシャリストよりも、すぐに新しい仕事に対応できるゼネラリストが求められたのだ。

 

そして、苦労して育てた人材を流出させたくない企業と雇用を保証してほしい労働者の利害が一致し、終身雇用と年功序列の給与制度が構築されていった。

 

こうして、

 

「一つの会社に勤め続ければ給料も上がっていくし、雇用も保障されて老後も安心」

 

という古き良きジャパニーズ会社員ライフが完成した。

 

その成功体験を引きずり続けた結果、今でもメンバーシップ型雇用が新卒採用の現場に残っているというわけだ。

 

 

 

断っておくが、メンバーシップ型雇用が必ずしも悪いわけではない。

 

現に日本はメンバーシップ型雇用によって高度経済成長を成し遂げたし、何の能力もない学生でも(会社を選ばなければ)雇用が保証されている国はそう多くない。

 

しかし、メンバーシップ型雇用はゼネラリストの育成を前提としているがゆえに、ミスマッチが起こりやすいのだ。

 

メーカーの説明会でキラキラとした企画・開発部門の仕事がフィーチャーされ、「自分もこんな仕事がしたい」と憧れを抱いて入社したのに、入社後の数年は

 

「会社への理解を深めよう」

 

みたいな理由で工場勤務になるなんて話はよく耳にするはずだ。

 

 

これは特定の技能を求めて採用をしているわけではないことに原因がある。

 

特定の技能を求めていないということは特定の仕事をさせるわけではないということで、「どんな仕事をするのか?」という学生の問いに採用担当は答えづらい。

 

営業かもしれないし、企画かもしれないし、人事かもしれない。

 

会社に入ってとりあえず仕事をさせてみないことには、どんな仕事で社員が能力を発揮できるかわからないからだ。

 

 

だからこそ、採用担当者は学生に「やりがい」や「成長」といったふわふわした言葉を使いがちになる。

 

そして学生の側も特に何ができるわけでもないので、何となくよさげな会社にエントリーし、内定をもらった企業の中から「ましな」会社を選んで就活を終えるのだ。

 

その結果、「仕事にはやりがいがある」「仕事は成長できる」という幻想を抱いて働き始めるものの、現実との大きなギャップに悩み、転職を考えたりする。

僕たちはどうすればいいのか

何を隠そう、僕自身も仕事に幻想を抱いて就職先を決め、後になって現実に気づいて悩み続けた側の人間だ。

 

留年も就職浪人も考えたし、最近も転職サイトに登録してみたりと、新入社員のくせにやる気のかけらもない。

 

それでも、僕の場合は働く理由も転職したい理由も

 

「早く資産を築き上げて早期リタイアを実現するため」

 

と割り切っている分、まだ幸せかもしれない。

 

本当につらいのは、仕事を通じて自己実現をしたいとか、成長したいとか本気で考えている人だろう。

 

あるいは、自己実現や成長が仕事を通してしか得られないという、ある種の洗脳状態に陥っている人もいるかもしれない。

 

そういう人たちは退屈でやりがいのない仕事に早めに見切りをつけて、「やりがいのある仕事」に転職しない限り心の平穏は訪れないと思う。

 

個人的には、仕事以外の何かにやりがいや成長を求めたほうが近道だと思うけど。