『武器になる哲学』は哲学が嫌いなすべての人に読んでほしい一冊

『武器になる哲学』は、数ある哲学の思想や論考の中から実生活に役立つ50のコンセプトを「人」「組織」「社会」「思考」の4つの分野に分けて紹介している本です。

オムニバス形式で1つ1つのコンセプトが紹介されているため、興味のあるものから読み進めることができます。

 

「実世界では使えない教養」と捉えられがちな哲学ですが、実際はビジネスパーソンにとって重要な示唆を与えてくれる学問であり、『武器になる哲学』はまさに「哲学の使い方」がわかる本です。

 

著者の山口さんは慶應義塾大学文学部哲学科を卒業して電通に就職した後、複数のコンサルティング会社を渡り歩き、現在は一橋大学経営管理研究科で講師を務めている方です。

 

経営コンサルタントという第一線のビジネスパーソンとして活躍してきた山口さんですが、仕事で一番役立ったのは大学時代に学んだ哲学だったと語ります。

そして、「役に立たない学問」の代名詞ともいえる哲学こそ、ビジネスパーソンに最も必要な教養であると言います。

なぜビジネスパーソンに哲学が必要なのか 

筆者の山口さんは、ビジネスパーソンが哲学を学ぶべき理由を4つ挙げています。

  1. 状況を正確に洞察する
  2. 批判的思考のツボを学ぶ
  3. アジェンダを定める
  4. 二度と悲劇を起こさないため

順に説明していきます。

状況を正確に洞察する

ビジネスパーソンが向き合うべき重要な問いの一つが、「いま、目の前で何が起きているのか」というものです。

この問いに向き合うときに、哲学者が残したコンセプトを学ぶことによって大きな洞察を得ることができると山口さんは語ります。

 

例として挙げられているのが、世界で進行している教育革命についてです。

フィンランドでは、年次別のカリキュラムや教科別の授業をやめることが検討されています。

日本では同じ年齢の子供が同じ教科を同時に勉強するのが当たり前とされていますから、フィンランドのこの流れは一見すると「新しい」教育であるように思えます。

しかし、哲学の弁証法というコンセプトを知っている人はこの流れについて異なる理解をします。

 

弁証法とは、ある主張=Aがあり、それに反対する、もしくは矛盾する主張=Bがあり、それが両者を否定することなく統合する新しい主張=Cに進化するという思考のプロセスを指す言葉で、このときの統合・進化では「発展」と「復古」が同時に起きるとされています。

 

現在のような画一的な教育システムは明治時代の富国強兵政策の下で導入されたものであり、長い歴史の中では極めて短い期間に採用されたシステムです。

それ以前は、寺子屋に代表されるような「年齢もバラバラ、学ぶ教科もバラバラ」という教育がされていました。

つまり、最新の教育システムの潮流は単に「新しい」システムが生まれたのではなく、「古い」教育システムが発展的要素を含んで回帰してきたということです。

 

この教育システムの動きを「過去のシステムの発展的回帰だ」と洞察できるかは、哲学の弁証法というコンセプトを知っているかどうかによって大きく変わるのです。 

批判的思考のツボを学ぶ

哲学の歴史とは、「世の中で言われてきたことに対する批判的考察の歴史」です。

 

「世界はどのように成り立っているか」「その中でどのように生きるか」

という問いに対し、ある哲学者が「こうではないか?」と出した答えがその時代に受け入れられれば、それが世の中の「正解」として普及します。

 

しかし、政変や天災など、現実が大きく変化していくにつれてその「正解」では現実をうまく説明できなくなったり、現実にうまく対処できなかったりすると、また別の哲学者が「やっぱりこうではないか?」と新しいコンセプトを提案します。

哲学の歴史とは、このような「提案→批判→再提案」の連続で成り立っているのです。

 

そしてこれは会社でも同じです。

時代と共に人々の価値観が変わったり、法の制度が変わったりと、企業を取り巻く環境は常に変化し続けます。

その中で企業が生き残っていくためには、古い考え方や行動方針を捨てて新しいものに変えていくことが求められるのです。

 

これはつまり、「古い考え方・行動方針」を批判的にとらえて、新しい考え方・行動方針を提案していくということです。

哲学を学ぶことで、こうした意識的な批判や考察をする知的態度や切り口を得ることができるのです。 

アジェンダを定める

イノベーションの起点になるのはアジェンダ、すなわち「課題」を定めることだと山口さんは言います。

イノベーションと聞くと「アイデア」や「創造性」といったキーワードを多くの人は思い浮かべると思いますが、実際には「課題を設定する能力」の方が必要なのです。

 

ではどうすれば課題設定能力を高めることができるのかという問いに対し、山口さんは「教養を身に着けることである」と答えます。

 

イノベーションとはこれまでの常識を疑うことで初めて生み出されるものです。

しかし、なぜ時計は右回りなのかとか、なぜ信号機は青が「進め」で赤が「止まれ」なのかといったことまで疑っていたらキリがありません。

 

そこで大切になるのが、疑うべき常識と疑わなくていい常識を識別する能力です。

自分の持っている知識と目の前の現実を見比べてみて、普遍性がより低い常識、すなわち「いま、ここだけで通用している常識」を見極める能力が必要で、これは哲学のような教養によってもたらされるのです。

二度と悲劇をおこさないため

世界史を振り返れば、人はなぜここまで残忍になれるのだろうと嘆きたくなるような悲劇が満ち溢れています。

 

ヒトラーやスターリン、毛沢東。

無数の人が犠牲になった悲劇の裏には悪の権化のような個人が存在していますが、忘れてはいけないのが、こうした存在の犠牲になったのが大衆であると同時に、その存在を招いたのもまた大衆であるということです。

 

過去の出来事から私たちは教訓を学び、同じ過ちや悲劇が繰り返されることがないように努めなくてはいけません。

過去の哲学者たちがどのような問いに向き合い、どのように考えたかを知ることは、私たちが当時の人間と同じような過ちを再び繰り返すことがないよう、当時の人々が高すぎる授業料を払って得た教訓を学ぶという側面があるのです。

「哲学=役に立たない」が定着した理由

ビジネスパーソンが哲学を学ぶべき理由は分かりましたが、そうはいっても哲学に対する「つまらない」「役に立たない」というイメージはまだ残っているはずです。

 

ではそもそも、なぜ日本では哲学=役に立たないというイメージがここまで定着しているのでしょうか。

その理由は大きく分けて2つあり、

  • 明治以降の経済成長最優先の社会
  • 哲学者が哲学の有用性を広めなかったこと

だと言われています。

 

明治時代に入ってからの日本では、西欧諸国に並ぶ国力をつけるために富国強兵政策がとられました。

その過程で重視されたは、工学や法学といった「すぐに役立つ」学問であり、本来その礎となるべき哲学などの教養教育はないがしろにされたのです。

戦後においても復興や経済成長が最優先の課題であったため、哲学のような教養にスポットライトが当たることはありませんでした。

「金の卵」や「集団就職」という言葉があるように、中学や高校を卒業してすぐ大都市に就職しに行くのが当たり前だった時代では、「哲学で飯が食えるか」といわんばかりの扱いだったのも無理はないかもしれません。

 

そして日本の哲学者の姿勢にも問題がありました。

 

本来、哲学とは「より良い人生を生きる」「よりよい社会の建設に貢献する」ための有益な道具となりえるものです。

しかし、日本の哲学者たちは哲学のコンセプトそのもののすばらしさを訴えるばかりで、それが大衆にとってどのように役立つのかという観点で啓蒙・説明することはほとんどなかったのです。

 

山口さんはこうした哲学者たちの姿勢を「怠慢」と切り捨てています。

本の中で山口さんが面白い例えをしていたので、引用させていただきます。

 

家を建てるときにはトンカチやノコギリを使いますね。多くの人は「豊かな人生」という家を建てるにあたって、様々な「知的道具」を使いこなそうと思うわけですが、では「哲学」という道具をどう使えばいいのですか?と哲学者に聞くと、「このトンカチには”釘を打つ”というアプリオリに規定された本性はなく....」とか「このノコギリにおける分節観念の射程は広くカンナをも包含し....」とかなんとか、自分たちが興味のある問題ばかりを取り上げて煙に巻いた挙句、一人よがりに「君のこの間の論文、あそこイイね」「何言ってんだよ、君の子の前の論文こそ、スゴイじゃないか」などとやりあっているわけです。これを怠慢と言わずして、なんと言えばいいのでしょうか 。

 

「哲学=つまらない・役に立たない」というイメージが日本に定着した理由がお分かりいただけたと思います。

他の入門書との違い

僕自身、哲学を語れる男になりたいという思いからいくつかの入門書を手に取ってきましたが、どれも半分も読み進めずに挫折してきました。

 

しかし、『武器になる哲学』はとても読みやすく、興味のあるコンセプトから読み進めたあと、残りもすべて読み切ることができました。

それはおそらく、著者の山口さんがこの本を書くにあたって次の3つを意識していたからだと思います。

  1. 目次に時間軸を用いていない
  2. 個人的な有用性に基づいている
  3. 哲学以外の領域もカバーしている

順に説明していきます。

目次に時間軸を用いていない

山口さんの指摘を読むまで気が付きませんでしたが、世の中のたいていの哲学入門書は古代ギリシャから現代にかけて時系列順に解説が進んでいきます。

 

つまり、入門書を手に取った人の多くは、まず最初にソクラテスやアリストテレスあたりの哲学に触れることになるのです。

 

しかし、残念ながら彼らが生涯をかけて必死に考え出した哲学の答えは、現代ではあまりに自明であったり、科学的に否定されていることが多いです。

多くの哲学入門書の序盤ではそのようなコンセプトの解説が延々と続くため、「これ何の役に立つの?」となってしまうわけです。

 

これは僕自身が哲学書に挫折し続けてきた大きな原因であり、多くの人が経験してきたことだと思います。

 

一方で、『武器になる哲学』では目次は時系列順になっておらず、「使用用途」によって構成されています。

 

様々な哲学の問や答えがある中で、「これは何について考える際に有効なのか」と言う観点から整理されているのです。

具体的には、「人」「組織」「社会」「思考」の4の観点からまとめられています。

個人的な有用性に基づいている

一般的な哲学書では、デカルトやカント、ヘーゲルといった「哲学史上重要」な哲学者たちの解説にページ数を割く傾向があります。

しかし、哲学史にとって重要な哲学者やコンセプトが、一般人の生活にとっても重要であるとは限らず、これもまた「役に立たない」「つまらない」という感想を抱くことにつながります。

 

『武器になる哲学』では、第一線のビジネスマンとして活躍してきた著者自身が「これは役に立った」と感じたコンセプトだけがまとめられており、「より良い人生を生きる」という哲学の目的に適った内容になっています。

哲学以外の領域もカバーしている

哲学には、「哲学の専門家以外が哲学に名を残している」という、他の学問ではなかなか起こらない特性があります。

 

例えば、構造主義で有名なレヴィストロースは文化人類学者ですし、進化論で有名なダーウィンは地理学者でした。

 

「物理学に名を残した経済学者」や「歴史学に名を残した生物学者」はほとんどいないでしょうが、哲学の世界では別の学問分野で活躍した人が重要な功績を残していることがたくさんあります。

 

これは、哲学という学問があらゆる分野での発見や知見を活かしながら、人や社会や世界のあり方について洞察を巡らせる学問であるためです。

 

『武器になる哲学』では哲学が持つこうした面を考慮して、哲学の領域のみにフォーカスした考察にならないよう、経済学、心理学、文化人類学、言語学なども取り上げながら話が展開がされています。

とにかくおすすめできる哲学入門書だった

長々と書いてきましたが、この本は今まで読んだ哲学書で一番、いや唯一「面白い」 という感想を抱いた本でした。

 

この記事では割愛しましたが、本の冒頭では世界のエリートたちがあらゆる学問より優先して哲学を学んでいる理由と、日本のビジネスパーソンにいかに哲学の素養が欠けているかということが述べられています。

そちらはぜひ本を手に取って確かめてほしいと思いますが、言い換えれば、哲学を学ぶだけで日本のビジネス界ではライバルに差をつけられるということだと思いました。

 

僕は来年の4月に就職を控える学生ですが、この本は繰り返し読んで自分の将来に役立てたいと思います。

学生・ビジネスマンを問わず、あらゆる哲学初学者におすすめできる本なので、皆さんもぜひ読んでみてください。