ケンゾウの自習室

地方在住サラリーマンの学びと思考の記録

1つ1つの季節を全力で生きよう

 

 

夏。

 

どこからともなく聞こえてくるセミの声が灼熱の太陽の熱さを割り増しで感じさせる。

 

「もうセミが鳴く季節なんだな。」

 

そんなことを考えたのがついこの間のことなのに、気づけばもう8月が終わろうとしている。

 

今はこんなにもうるさいセミの声も9月に入れば少しずつその声を小さくしていき、いつの間にか鳴き声を上げるセミがどこにもいなくなったことに気が付く。

 

 

 

秋。

 

セミたちの鳴き声が聞こえなくなり気温も少し涼しくなってきたころ、夜の草むらからは秋の虫たちの大合唱が聞こえてくる。

 

夏の終わりを感じさせると共に、新しい季節が始まったことを感じさせる。

 

耳をすませて夜道を歩いていると、虫たちの大合唱が世界を支配しているような錯覚を覚え、過ぎ去った夏の思い出がよみがえってくる。

 

 

 

でも、そんな時間も長くは続かない。

 

秋の虫たちもいつの間にか鳴くことをやめ、すぐに冬がやってくるのだ。

 

 

 

そう。

 

 

時間は確実に過ぎ去っていくのだ。

 

 

僕たち人間には平均して80年以上の寿命があって、誰もが自分もそれくらいの年まで生きるものだと思っている。

 

そのせいか僕たちは1つ1つの季節の過ごし方をおろそかにてしまいがちで、気が付いたら夏が終わり、いつの間にか冬になっているというような1年を過ごしている。

 

でも本当は、来年もまた夏を迎えられる保障なんてどこにもない。

 

 

「来年の夏はみんなで伊豆にでも行こうか」

 

去年の秋にそんなことを家族と話していた人たちの中には、冬の終わりに突然現れた未知のウイルスで命を落とし、この夏を迎えられなかった人だっているかもしれない。

 

 

そう。

 

来年も、そのまた来年も、そのまた来年も夏を迎えられるとは限らない。

 

夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来て、また夏が来る。

 

これは決して当たり前のことなんかじゃないんだ。

 

僕たちが生きているこの夏は、誰かが死に際に「どうしても迎えたかった」と涙を流した夏なんだ。

 

 

 

僕たちは1つ1つの季節を大切にできているだろうか?

 

過去や未来のことばかりに目が向いていないだろうか?

 

1つ1つの季節を全力で鳴くあの虫たちに誇れる生き方をしているだろうか?

 

過去を振り返ったり、未来のことを考えたりするのももちろん大切なことだけど、今この瞬間だって僕たちの人生の大事なワンシーンだということを忘れてはいけない。

 

 

 

力尽きたセミたちの姿を道で見かける季節が今年もやってきた。

 

気にもせず通り過ぎる人がほとんどだと思うけど、1つの季節を全力で生き抜いた彼らに、

 

「お疲れさん」

 

と心の中でそっと労った夏の一日だった。