ケンゾウの自習室

~日々の学びの記録~

「何かしなくてはいけない」という焦りとどう向き合えばいいのか

今日もまた、だらだらと一日を過ごしてしまった。

 

就職が2か月後に迫る中、卒論を終えて社会人に向けた勉強や最後の長期旅行の様子をSNSにアップする知り合いが増えてきた。

 

カフェで勉強している様子をタイムラプスで撮影した動画や、海外のきれいな海や街並みの写真が次々とアップされるタイムライン。

 

僕はベッドの上で寝転がりながら、スマホでそれを見る。

 

 

 

 

旅行に行く気もなく、卒業も確定してこれといってやるべき作業もなく、内定先から特に資格取得を求められているわけでもない。

 

これほど長い期間、「やらなくてはいけないこと」がない日々が続くのは、おそらく生まれて初めてだろう。

 

小学生の頃でさえ習い事なり宿題なり、何かしらやるべきことはあった。

 

強いて言えば、大学合格から入学までの約1か月が今の状況に近かったのだろうが、今回はこの生活があと2か月も続くという点で大きく異なる。

 

 

 

既にアパートを引き払って実家に戻り、アルバイトもしていない。

 

特に旅行に行きたいとも思わず、本や映画だけで一日を楽しく過ごせるため、そんなにお金を稼ぐ必要がないというのも一つの理由だ。

 

でも一番の理由は、もうすぐ社会人になって嫌でも働かなくてはいけないのに、それよりはるかに安い時給で必要もないのに働くことに、どうしても前向きになれないからだ。

 

 

 

 

お金に困っていないけど、やりたいこともやらなきゃいけないこともない。

 

お金が余り過ぎて物欲すらなくした富豪のようなメンタリティで日々を過ごしている。

 

 

 

 

「何かしなくてはいけない」

 

 

そんな思いを日々感じている。

 

同世代の多くが資格の勉強や英語、プログラミング、その他社会人になって役に立ついろいろな勉強をしている。

 

その一方で僕は日々小説を読んだり映画を観たり、漫画を読んだりして一日を過ごしている。

 

このままでいのだろうか?

 

今は少しの差でも、5年後、10年後にはもはや背中さえ見えないくらいの差になっているのではないだろうか?

 

そんな焦りを抱きつつ、やる気にはならない。

 

昔からギリギリまで追い込まれないとやる気にならない性格で、目的も期限もなく何かに取り組むというのがどうも苦手なようだ。

 

 

 

悩んだ末に、「今やりたいことをやる」ということ以外に結論がないことに気が付いた。

 

目標もないのに「やるべきこと」なんて存在するわけがない。

 

仕事で必要なスキルは研修が始まってから全力で取り組めばいいし、英語もプログラミングも必要になれば勉強する。

 

そもそも僕が就職する会社はどちらも必須ではないし、昇給や昇進にもつながらない。

 

それなのに勉強しようとすることの方が無理があるのだ。

 

 

そして今、僕は本を読んで映画を観る生活がしたい。

 

「一生遊んで暮らせるお金があれば何をしたい?」なんて質問されたら、間違いなく僕は、「好きな時に好きなだけ本を読んで映画を観る生活をしたい」と答えるだろう。

 

そして今、その理想の生活を送ることができる。

 

ニートと変わらない生活と言われれば否定できないが、こんな日々を過ごせる時間は人生にそんなにない。

 

勉強は必要になればいつでもできるが、好きな時に好きなことが出来る生活は簡単には手に入らないのだ。

 

 

 

 

振り返ってみると僕はこの1年くらい、周囲の人間の考えやネット上で見かける人生観に振り回されて、自分が求める幸せについて深く考えることがなかった。

 

いや、考える余裕を奪われていたと言った方が正しいか。

 

内定が欲しくて手当たり次第に会社を受け、思ってもいない志望動機をつらつらと述べ続け、そのくせ内心ではやりたい仕事なんて全くありゃしない。

 

「こうすれば人生は勝ち組だ」

 

「こんな生き方こそが幸せだ」

 

忙しさの中で僕は自分の頭で考える余裕を失い、他人が発信する人生観に縛られていたのだ。

 

 

 

 

そして今、僕はまたスマホの画面に表示されるタイムラインに影響されて、やる必要もないしやりたくもない勉強をしなければと焦りを感じている。

 

外の世界から入ってくる強烈で膨大な情報に流されて、内から湧いてくる感情に目を向けることができていない。

 

僕たちが本来耳を傾けるべきなのは、外から入ってくる他人の価値観ではなく、自分の内側から湧いてくる感情の方であるはずだ。

 

 

 

 

これからの人生でも、他人が発する言葉や情報に流されて自分の幸せを見失いそうになることがあるかもしれない。

 

そうならないように、このブログを書きながら自分の価値観と向き合っていきたい。