ケンゾウの自習室

地方在住サラリーマンの学びと思考の記録

『世界一キライなあなたに』を観て超高齢社会と安楽死について考えた

 

 

『世界一キライなあなたに』は、失業した父に代わって家族を養わなければいけない女性、ルイーザと、交通事故で四肢麻痺になり車いす生活を送る大富豪、ウィルの出会いと交流の中で安楽死を描いた作品だ。

 

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『世界一キライなあなたに』のあらすじ

少し長くなるが、あらすじを書いていく。

最後のネタバレは避けているので、安心して読んでほしい。

 

 

 

 

街のパン屋で働いていたルイーザは、パン屋の閉店とともに失業してしまう。

 

求人案内所で新しい仕事を探す彼女が見つけたのが、四肢麻痺のウィルを介護する仕事だった。

 

 

 

ウィルは脊髄を損傷して首から下が動かず、回復の望みもなかった。

 

リハビリに励んだものの車いす生活を余儀なくされ、さらに発汗がうまくできなかったり、感染症にかかりやすかったりという問題も抱えていた。

 

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当初はおしゃべりで独特なファッションのルイーザを煙たがるウィルだったが、一緒に時間を過ごす中で次第にルイーザに心を開きはじめていた。

 

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そんなある日、ウィルの家にスイスからの手紙が届く。

 

実はルイーザが来る以前にウィルは自殺未遂を起こしており、その後家族と話し合ってスイスで安楽死することを決めていたのだ。

 

スイスでは安楽死が法的に認められていて、半年の猶予期間を残してウィルは自ら命を絶つことを望んでいた。

 

ウィルの父は本人の苦しみを理解し、その意思を尊重しようと決めているが、ウィルの母はどうしても受け入れられない。

 

二人の会話を偶然耳にしたルイーザは、残された時間で何とかウィルの決意を変えようと決心する。

 

 

 

ルイーザはこれまで家に引きこもってばかりだったウィルを外に連れ出すことで、ウィルが再び「生きたい」と思うのではないかと考えた。

 

競馬やクラシックコンサートにウィルを連れていき、二人の距離も次第に縮まっていく。

ルイーザの誕生パーティーにも招いた。

 

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それでもウィルの意思は変わらず、弁護士を家に呼んで着々と安楽死への準備を進めていく。

 

その様子を見ていたルイーザはウィルを海外旅行に連れ出し、最後の説得を試みる。

 

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ルイーザは、「思い描いていた人生ではないだろうけど、私が必ず幸せにする」とウィルに語り掛ける。

 

それでも、ウィルの意思は変わらない。

 

「きっと(このまま生きていても)幸せな人生を送れると思う。でも、それはあまりにも以前の人生と違いすぎる。君はこうなる以前の(とてもアクティブな)僕を知っているかい?僕はどうしてもこの状態を受け入れられないんだ。」

 

そして、ルイーザが自分に縛られて生きていくことも望んでいないとウィルは語る。

 

26歳のルイーザの可能性を自分が閉ざしてしまうことも、いつかルイーザが自分と生きる道を選んだことを後悔したり、自分に同情したりする可能性を考えながら生きることにも、耐えられないのだと...

 

 

 

この旅行を終えたらスイスに向かうことを伝え、自分を思ってくれるなら一緒に来てほしいとウィルは言う。

 

しかし、ルイーザはウィルの最期に立ち会う辛さに耐えられず、空港でウィルの母に「お給料はいりません。ごめんなさい...」とだけ伝え、立ち去ってしまい....

 

 

 

 

ウィルの意思は変わるのか?

 

ルイーザはウィルのもとに戻るのか?

 

 

それはぜひ映画を観て確かめてほしい。

 

Amazon Primeで無料で観られますが、プライムに入っている人もそうじゃない人も、ぜひ観てください。

 

<原作小説はこちら>

超高齢社会と安楽死

ウィルはなぜ安楽死を望んだのか?

 

それは、事故に遭うまでに歩んでいた人生と現状が余りにもかけ離れており、元の人生に戻れる見込みもなかったからだ。

 

 

 

もともとウィルはかなりアクティブな性格で、様々なスポーツを楽しみ、友人も多く、仕事でも優秀だった。

 

そんな自分が他人の世話なしでは生きていくことすらできなくなったという現実が、ウィルにとってどれだけ受け入れがたいものであったか、想像に難くない。

 

その苦しみは、ルイーザと生きる幸せでも埋め合わせできないほどのものだったのだ。

 

 

 

僕たちにとっても安楽死は無縁の問題ではない。

 

人生100年時代と言われるように、医療の進歩は僕たちの寿命を大幅に伸ばすことに成功したが、それは簡単には死ねなくなったということも意味している。

 

下のグラフを見てほしい。

 

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健康寿命とは、

「心身ともに自立し、健康的に生活できる期間」のことだ。

 

グラフを見ると、健康寿命は男性では約9年、女性では約12年も平均寿命より短いことがわかる。

 

つまり、多くの人は数年~十数年は健康に問題を抱えながら生きなくてはならないということだ。

 

もちろん、一人ひとり程度の差はあるだろう。ほとんど寝たきりの人もいれば、少し歩きづらいといった程度の人まで様々だ。

 

しかし、ウィルが安楽死を決断するまでの時間が2年半ほどであったことを考えると、あまりにも長いと思わないだろうか?

 

 

 

健康を失って思うように生きることができなくなった時、僕たちは何を思うのだろうか?

 

たとえ体の自由が失われても、生きてさえいれば誰かと会ったり話したりして、楽しいことや面白いこともあるだろう。

 

でも、「それなり」という程度のものだと思う。

 

元気だったころに楽しみにしていた趣味も楽しめず、新しい何かに挑戦することもできない。

 

たとえ夢や目標があってもそれを成し遂げることはできず、ただ毎日介護されて死を迎えるその日まで生き続ける。

 

こんなことを受け入れられるだろうか?

 

 

その時になってみなければ分からないことかもしれないが、もう取り戻せない元気だったころの生活を思い出しながら不自由な生活を送るなんて、僕には無理な気がする。

 

体の自由を失った状態で手に入る「それなり」の幸せや喜びは、元気だった頃のそれには遠く及ばないと思う。

 

 

 

そんな苦しみから解放されたいと願うのは間違いなのだろうか?

 

ウィルのように、安楽死という選択を選ぶことは間違いなのだろうか?

 

これから超高齢社会を迎える日本では、もっと医療が進歩してさらに「死ねない」社会になっていく。

 

平均寿命と健康寿命の差の拡大は社会保障費の増加につながるため、政府や厚労省は健康寿命を延ばすことを目指しているそうだが、それよりも延命医療の発展の方が速く進むだろう。

 

これからの日本では、健康じゃないのに死ねない老人が増え、あちこちで安楽死を求める声が上がるだろう。

 

今の日本ではまだ安楽死が法律で認められていないし、反発する声も多い。

 

しかし、そう遠くない将来、安楽死と本気で向き合わなくてはならない日が来るのは間違いないだろう。

 

その時まで、幸せとは?生きることとは?という問いに向き合い続けたいと思う。