フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞が過激すぎる件

先日全試合が終わったラグビーワールドカップだが、試合前に肩を組んで国歌を歌う選手たちの姿に感動した人は少なくないのではないだろうか。

 

僕のようなミーハーラグビーファンには最高の感涙シーンで、特に準々決勝の日本対南アフリカの国歌斉唱で流選手が涙をこぼすシーンはもらい泣きしそうになった。

f:id:kenzou_self_study:20191119021415p:plain

君が代を歌いながら涙するラグビー日本代表・流選手

そんな試合前の国歌だが、外国の国家がどんな歌詞なのか気になっていくつか調べていたのだが、フランス国歌の歌詞の過激さに驚かされた。

とりあえずこの動画を見てほしい。


フランス共和国 国歌「ラ・マルセイエーズ」(La Marseillaise)日本語訳/National anthem of France

「残忍な敵兵の咆哮」、「暴君の血まみれの旗」、「(敵が)我らの子と妻ののどを掻き切る」というような想像したくもないような内容が歌われ、最後は「敵の血で畑の畝を満たそう!」みたいな歌詞で締めくくられている。

 

いままでなんとなく聞いていたフランス国歌だが、意味が分かった後は

 

これをオリンピックでもW杯でも歌ってるのやばくない?

 

という感情しかなかった。

 

 W杯だろうが平和の祭典であるオリンピックだろうが、フランス代表の選手たちは試合前にこの国歌を歌い、ピッチへと向かっていく。

 

特に最後のフレーズは「敵の血で大地を濡らそう」という訳もあり、穏やかな歌詞ではないのは間違いない。

 

「女王様万歳!」みたいな内容のイングランド国歌や「アイルランドの呼び声に応えようや!」みたいな内容の「Ireland's Call」(厳密には国歌ではないが)の穏やかさと比べると、フランス国歌の過激さがわかるだろう。

 

のほほんとした我らが国歌・君が代を思うと、「苔のむす」までに何度血に染められるのだろうか...

 

せっかくなので、なぜフランス国歌がここまで過激なのか、ざっくり解説してみたい。

フランス国歌は革命の中で生まれた歌

18世紀後半、フランスではブルボン朝による絶対君主制の支配が続いていた。いわゆるアンシャンレジームである。

 

特権階級である貴族や聖職者が楽で豊かな生活をするために、平民は搾取され厳しい生活を送っていた。

そんな状況の中、ルソーやヴォルテールなどの啓蒙思想家や、基本的人権と革命権を掲げたアメリカ独立宣言の影響を受け、平民たちはアンシャン・レジームに対する革命を起こした。フランス革命である。

f:id:kenzou_self_study:20191109215129j:plain

1791年、過激化する革命の波を恐れたルイ16世は、王妃であるマリー・アントワネットの実家があるオーストリアへ逃亡しようと企てた。しかし、この企ては失敗して革命市民につかまってしまう。いわゆるヴァレンヌ事件の発生である。

 

脱出失敗の知らせを受け、妹であるマリー・アントワネットの身を案じたハプスブルク家のレオポルト2世は激しく動揺し、プロイセンの王であるフリードリヒ・ヴィルヘルム2世と軍事同盟を締結。「ルイ16世の自由と地位を保証しなければ必要な武力を行使する」とのピルニッツ宣言を革命軍に対して発した。

 

この宣言は威嚇のつもりで行われたものであり、実際に戦うつもりも余裕もなかったのだが、革命軍にはこれが最後通牒と捉えられてしまう。

その上、フランスからすでに脱出していた貴族がこれに便乗してさらなる脅迫を加えたため、革命軍はいよいよ本気になってしまう。

そして1792年、革命政府はオーストリアに対して宣戦布告し、フランス革命戦争が勃発した。

 

プロイセン軍がフランス国内に侵入すると、革命政府は祖国の危機を全国に訴え、それに応じてフランス各地で組織された義勇兵達がパリに集結した。

その兵士たちの士気を鼓舞するために作曲された行進曲が、マルセイユから集結した義勇兵達によって歌い広められた。

 

この歌こそが、のちに「ラ・マルセイエーズ (La Marseillaise)」の名で定着し、1795年7月14日に正式にフランス国歌として採用されたのである。

以上、世界史の復習にもなりそうな解説をしてみた。

 

こうした背景を知ってから聞いてみると、過激な歌詞であることは間違いないが、祖国を思い、家族を思い、命がけで戦った人々の姿が目に浮かばないだろうか?

きっと現代のフランス代表も、祖国のプライドや家族を愛する気持ちを込めて国歌を歌っているのだろう。

 

そんな感じで、ちょっぴり感動してしまう歌なのだという目で見ていきたい。