「塾は不要」~進学校の指導に抱いていた疑問~

僕が通っていた高校はいわゆる進学校で、学校の勉強以外にも部活や学校行事に全力で取り組むことを美徳としていた。

 

ツイッターではよくネタとして扱われることだが、そういった進学校では「学校の授業をしっかり聞いていれば、塾に通う必要はない」といった指導がなされる。

 

これはもちろん、完全に間違っているとは言わない。

 

進学校と言われるレベルの学校なら授業の質も高く、十分に受験の範囲をカバーできるから、

しっかりと予習、授業、復習というサイクルを完璧にこなせば、学校の勉強だけでかなりレベルの高い大学に進むことが出来ると思う。

 

実際、このサイクルを完ぺきにこなした結果、塾に通わずに現役で東大や京大に合格した人が僕の周りにはいた。

 

しかし、このサイクルを完ぺきにこなせる高校生は極めて少数だと思う。

その理由も含めて、僕自身が高校時代に塾に通っておくべきだったと後悔している理由をもとに「進学校塾不要論」について思うところを述べていく。

自分で効率の良い勉強法を見つけるのは難しい

ツイッターでは時々、「1日3時間の勉強だけで東大に現役合格した」みたいな強者を見かけるが、よほど優秀な頭脳を持っているケース以外では効率を極限まで高めたということだろう。

 

しかし、多くの人はそこまで効率を高めることが出来ない。

自分の苦手を自分で分析し、対策を練り、必要な演習量を検討するというプロセスを高校入学までに経験していないからだ。

 

その理由は、多くの人が高校受験のために学習塾に通っていることにある。

 

学習塾のカリキュラムはすごい。

入試の要点を的確に押さえ、どの分野をどのレベルまで上げる必要があるか、そのために生徒たちにどれくらいの演習を積ませるかというノウハウが蓄積されている。

 

中学時代、僕を含めて多くの人がこの恩恵をうけ、学習塾が敷いてくれたレールの上をひたすらに走り抜けることで成績を上げた。

 

もちろん、成績が上がったのは本人の努力も大きな要因であることは間違いない。

同じ塾に通っていても成績が振るわない人はいる。

 

しかし、僕たちの努力を適切な方向に導いてくれたのは間違いなく学習塾だったのだ。

 

 

それなのに高校に入ったとたんに多くの人は塾に通うのをやめてしまう。

 

経済的な事情で通えないという理由を除けば、結局のところみんな

「自分は独学で大学受験を戦える」

という謎の自信を持っているから塾に行かなくなるのだ。

 

はっきり言おう。

 

とんだ思い上がりである。

 

繰り返すが、中学時代に塾に行って成績が上がった人のほとんどは、塾が用意してくれた最適なルートに沿って勉強したら成績が上がっただけなのだ。

 

決して自分で効率の良い勉強方法を考え抜いたからではない。

 

それなのにあたかも自分の努力だけで県内トップクラスの高校に入れたと勘違いしてしまう人が多いのだ。

 

残念ながらそんな高校生の多くは効率的な勉強を高校入学後に見つけることが出来ない。

 

自分で効率的な勉強法を考えた経験がほとんどない上に、高校では中学時代よりもはるかに多くの科目数を勉強し、その質も極めて高度になるからだ。

 

5教科だけ勉強していればよかった中学時代までとは違い、科目数は遥かに多く、その一つ一つに覚えなくてはならないことが山ほどある。

これを部活や学校行事に取り組みつつこなしていかなくてはならないのだから、多くの人は予習、授業、復習のサイクルを維持するだけでも精一杯だろう。

 

高校の勉強を効率よく進めるというのは、簡単ではないのだ。

 

しかし、塾に通っていれば少なくとも無駄な努力は最小限にすることができる。

塾や予備校の授業は、当たり前だが受験に特化したもので、即効性が高い。

 

そしてこれは持論なのだが、高校の勉強では取捨選択が重要になる。

頑張るべき科目と、赤点さえ回避すればいい科目を分けるのだ。

 

もちろん、あなたが高校で習うすべての科目に全力を傾けても志望校に合格できる自信があるならこの限りではない。

しかし、多くの人は受験科目を絞り、合格のために最短ルートを走りたいと思うはずだ。

そこで響いてくるのが、あなたと学習塾の情報量の差だ。

受験戦略を自分で考えるのは時間の無駄

高校では科目数が大幅に増えるが、そのすべてを受験で使うわけではない。

 

例えば、国立大学の中でもセンター試験で使う科目が少ない大学や学部も多い。

数学でいえば、ⅠAとⅡBで成績の良い方だけを採用したり、理科は応用1科目か基礎2科目か選べるといった具合に。

 

さらに二次試験では、科目数が2つしかないという学部を持つ国立大学もある。

英語か数学が必答で、もう一科目を国語や理社から選ぶといった具合に。

 

受験において高校生を悩ませることの一つに、どこの大学を受けるべきなのか、どの科目を選べばいいかという問題がある。

 

僕自身、自分で大学ごとの受験科目やその難易度を調べて、どの科目で戦うか決めるのにとても苦労した。

 

僕が受験を検討していたある大学のある学部では国語か数学を二次試験の科目に選択できたのだが、数学が非常に簡単で満点を狙えるのに対し、国語の難易度が高く高得点を狙うのは難しいということがあった。

 

実際、その学部をクラスメートの2人、AとBが受験したのだが、数学で受験したAは合格し、国語で受験したBは落ちたのだ。

センター試験ではBの方がAよりもはるかに高い点を取っていたのにである。

 

そう、試験の結果は科目選択の時点で決まってしまうことがあるのだ。

 

受験生は大学ごとにセンター試験と二次試験の科目を調べ、どの科目で戦えば合格率が高そうかを、自分の成績を考慮しながら考えなくてはならないのである。

 

この情報収集は非常に時間がかかった。

 

大学ごとの受験情報がまとまった分厚い冊子を読んで受験科目を調べ、過去問を解いてみて自分との相性を検討する。

こんなプロセスに貴重な時間を費やしてしまったのだ。

 

今思えば、塾や予備校ではこうした情報は簡単に手に入り、担当者に相談すれば最適な答えを示してくれたはずなのに。

まとめ

ここまで書いて非常に長くなってしまったので、そろそろ結論を述べたい。

 

もうお分かりかと思うが、僕は高校生はできるだけ塾や予備校に通った方がいいと思う。その理由は、

・効率的な勉強ができる

・受験戦略を一緒に考えてくれる

の2点だ。

 

時間は貴重だ。

 

高校生には勉強以外にもやりたいことがたくさんあるだろう。

スポーツに全力で打ち込みたい、音楽に青春を捧げたい、学校行事を盛り上げたい。

全て高校生活を輝かせてくれるものだ。

 

勉強だけの高校生活なんてむなしいものだ。

それでも、今の社会では勉強ができて、偏差値の高い大学に進むことがあらゆる点で有利になる。

 

就職のことだけを言っているのではない。

 

僕の経験上、偏差値の高い大学の学生ほど勉強以外の活動にも積極的で、スポーツで活躍したり、学生のうちから起業したり、アフィリエイトやアプリ製作でお金を稼いだりと、社会で活躍できる力を伸ばしている気がする。

 

そういった人たちと接点を持てるかということが、自分の人生の選択を広げるために重要になる。

だからこそ、偏差値の高い大学に合格することはとても価値があることなのだ。

 

高校生の中には、塾や予備校に通うことで学校の先生やクラスメートによく思われないのではないかと心配している人がいるのではないだろうか?

 

実際、僕の友人も塾に通っていることを公言にしていたところ、

 

「塾に行ってその成績かよwww」

 

といった煽りをクラスメートから受けたり、担任からも

 

「塾に行くよりも学校の授業をもっと頑張ったほうがいいんじゃない?」

 

みたいな嫌味を言われていた。

 

しかし、そんな煽りをしてくる奴らにかまうことはない。

彼らは君の受験の結果に責任を持ってくれないし、まして君の将来には関心すら示さないだろう。

 

だから周囲のことは気にせず、必要だと自分が思うなら塾に通うことを検討してほしい。

 

僕自身も、塾に通っていればもっと効率よく勉強してもっといい大学に行けたかもしれないし、もっと刺激的で成長できる大学生活になったかもしれないと後悔している。

 

繰り返すが、偏差値の高い大学の価値はそこで出会う人の魅力が高いことにある。

 

高校生にとって大切なのは受験に勝って偏差値の高い大学に進むことだ。

それは今もこれからも変わらないだろう。

 

「教養ある人間になるために高校では幅広く学ぶことが大事だ」

なんてことを僕の高校では言っていたが、

 

教養なんてものは大学の4年間で身に着ければいい

 

学歴は基本的に高校の3年間でしか手に入らないのだ。

 

みなさんがどう考えるかは分かりませんが、勉強で悩んでいるなら塾に通うことは一つの選択肢として認められるようになったらいいなぁと思います。

 

以上、ながったるい文章を読んでいただきありがとうございました。

ここまでは僕の持論をつらつらと述べてきましたが、反対意見も多数あると思うのでぜひ両方の意見を比べてほしいと思います。

いずれにせよ、これから大学受験を控えるすべての人が納得のいく選択ができることを、心から願っています。